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私のヨーロッパ日記

2016年4月19日から5月3日までヨーロッパを周遊しました。その日記です。

5/1 ロンドン2日目 大英博物館、グリニッジ天文台、友人宅での食事

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イギリスの食事は不味いとよく言われる。確かにフランスなどに比べて地味な印象を受けるし、イギリスを旅した友人の評価も良くなかった。ただそんな不味いイギリス料理の中でも一つだけ例外があると言われる。それは朝食だ。ボリュームたっぷりのイングリッシュブレックファースト。かのサマセットモームもこんな言葉を残している。「イギリスで美味い飯を食べたければ1日3回朝食をとるべきだ」

それなら、ということで是非ともうまい朝食を食べたいと思い、評判の高い朝食専門店へ行ってみた。SOHO地区にあるbreakfast clubという「名は体を表す」を地で行く店だった。

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着いてみると連休の中日だから大行列。40分ほどかかるなどと言われてしまう。朝飯で40分待つとは正気の沙汰ではないとも考えたが、まあせっかく来たのだからと待ってみた。すると、たまたま回転が早かったのかその半分ほどの時間で案内された。

頼んだのはオレンジジュースと当然ながらイングリッシュブレックファースト。すぐに出てきた。イングリッシュブレックファーストとはベイクドビーンズ、ベーコン、ソーセージ、パン、目玉焼き、焼きトマトが基本のプレートであるが、この店のものは本当に基本に忠実な作りだった。

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味は確かにうまい。ただ、感動するほどのうまさではない。このために行列に並ぶのはちょっと割に合わないかなと思った。だって家で作れそうなのだもの。

他の人が頼んでいたエッグベネディクトは本当に美味しそうだったので、この店では他のものを頼んだ方が良かったのかもしれないし、モームの発言が大いなる皮肉であることにもう少し早く気づく必要があったのかもしれない。

 

その後、歩いて大英博物館へ。ここもルーブルと比肩する世界最大級のミュージアムだ。心してかかる。

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まずいきなり目に飛び込んでくるのがかの有名なロゼッタストーン大英博物館の至宝中の至宝と呼んでよいものだろう。みな必死に写真を撮っている。エジプトが返還を求めているが、この人気じゃ返すつもりはないだろう。

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また気になったものを幾つか写真で貼っておく。

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実は大英博物館で一番印象に残ったのは時計の展示だった。400年以上前に作られたものが今でも時を刻んでいる。この技術力たるや誠に恐れ入る。この技術が産業革命を生み出す礎となりイギリスを世界に冠たる帝国にしたのだ。これらの技術がなければ、この大英博物館にある展示物のほとんどは今頃、別の何処かにあるのだろうと思った。

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今日は昼から留学時代の友人の夫婦に何処かに連れて行ってもらう約束となっていた。夫が日本人、妻がイギリス人という夫婦でどちらとも留学中仲良くさせてもらっていた。お子さんも出来たとのことでどう変わっているか非常に楽しみだった。

お昼になり、待ち合わせ場所のロゼッタストーン前へ。どんな変化があるかと期待していたが、お子さんが出来たこと以外は、全然変わっておらず逆にびっくりする。もう5年は会っていなかったはずなのだが。なんだか隣町に住む友人にまた会った、くらいの感覚に陥ってしまう。これはこれで良いのだけど。

ただ、日本人の旦那の方は少し疲れているような気もする。
多分、社会に出て以前よりも大人になったのだろうと思った。

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友人たちは私を世界標準時グリニッジ時間のグリニッジ天文台へ連れて行ってくれるという。是非とも行きたいところだったので良い提案だった。

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経度000の本初子午線が通過するグリニッジ天文台はロンドン郊外にある。北極という絶対的基準がある緯度に比べて経度はどこかを基準として人工的に決めなければならない。この天文台を通過する経線が0度と決められたのも七つの海を制したイギリスの国力を物語っている。

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グリニッジ本初子午線

ご存じの通り、イギリスは18世紀末から20世紀初頭まで、世界の陸地の四分の一をその手中におさめるほどの超大国であった。この国にこれほど大きな力をもたらしたのは産業革命と海運だ。その海運を支えたのがこのグリニッジを中心として培われたイギリスの先進的な航海術であった。

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航海術のうち非常に重要なのは自船の位置を知ることである。15世紀からの大航海時代、ヨーロッパの列強諸国が世界各地に冒険家を派遣した頃において、太陽や北極星といった天体の見える角度を六分儀で測り自船の位置を知るという天測航法という方法が一般的であった。

ただ、これでも緯度は測量できるものの、経度の測定は相当な難易度を伴っていた。その経度の測定という難問を解いた鍵がイギリス人技師によるクロノメーターの発明とグリニッジ天文台での天文観測であった。

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クロノメーターとは船に積み込むことのできる精度の高い時計である。これを出港時にグリニッジの時刻に合わせておく。つまり出航後もいつでもグリニッジ時刻を知る事が出来るようにしておくのだ。そして航海中、自船の位置を知りたい時、まず太陽や北極星といった特定の天体の角度を六分儀で測る。そしてクロノメーターの時刻をもとにグリニッジ天文台が発行する航海年鑑に掲載されているグリニッジにおける天体の角度の推移表と現在地における天体の角度を比較し、それらがどれくらいずれているかを計算することにより今、どれくらい船がグリニッジから離れているのか、つまり経度を知る事が出来るようになったのだ。これによりイギリスの航海術は完成し、莫大な富を交易からもたらす事になった。

そのことからこの天文台が未だに世界の時間と空間の規範として作用しているのだ。

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現在のグリニッジにも天文台は残されていて中を見学する事が出来る。まわりは公園となっていて非常に美しかった。

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その後、イギリス人の友人が実家に招待してくれたのでお伺いすることに。母親がブルガリア出身で今日がブルガリアイースターなのだとか。お邪魔をする。

 

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久しぶりに友人の家族とご対面。実は留学先でお会いした事があったのだった。懐かしい話に花が咲く。友人のお父さんが自身の母親を母親が住む家まで迎えに行くので一緒に行かないかと言ってくれた。面白い家なのだという。誘いを受け友人のお父さんと二人でお出かけ。車に乗せてもらう。

ついたところはロンドンでも高級感溢れる住宅地であるハムステッドヒースという場所だった。ここは水の悪いロンドンでは珍しく良い水が出たところなのだという。そこで保養所が出来、そこに労働階級が向かうための鉄道が出来、という形で発展していったという土地らしい。

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その一角に建つ3階建ての瀟洒な洋館にお邪魔した。何処かのドラマで見たようなイギリス式の中庭が会っていろんな花が植わっていた。まわりは静かで聞こえてくるのはカッコウか何かの鳥の鳴き声である。なんと環境のよいところで暮らしているのか。日本の住環境もかなり良くなっており私の住んでいるところも便利で悪くないとは思っているが、なんというか、こんなに優雅ではない。

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家の至る所に置いてあるアフリカや東欧から持ち帰ったという文物やら家族の写真などを紹介してもらった。そして、実はイギリスに来る前に、ベルリンに行っていたことを伝えると、実はこのお父さんの両親はドイツから来たのだという。旧東ドイツ領に家がまだあるといい、写真も見せてもらった。ドイツ時代の父親の写真も見せてもらった。軍服を着ていた。いつの写真か聞くと戦争前のものだとのことだった。

おばあさんを連れ実家に戻ると友人の弟さんも来ていた。懐かしい顔だ。何年ぶりだろうか。ビールやら手料理やらを頂き、色々おしゃべりをしているとあっという間に10時ごろ。またお父さんにホテルまで送って頂いた。

本当に楽しく貴重な経験をさせて頂いて本当に感謝しています。またお会いしたいです。

f:id:myeurotravelling:20160514225856p:plain そして、今日というこの日を大団円で終わるべく部屋に戻ろうとしたら、なんとホテルの玄関ドアが開かない。カードキーが無効になっているようなのだ。

なんどもベルを鳴らすが誰も出てこない。どうするか、野宿か、とドアの前で悩んでいたところ別の客がやってきた。

どうしたの?と聞かれ事情を話すと一緒に入れてくれた。そして部屋を開けようとしたら、やはり開かない。どういうことかとフロントに行っても誰もいない。フロントにベルがあったので何度か鳴らすと、なんと身体中に入れ墨を入れた筋骨隆々のスキンヘッドの男があくびをしながら降りてきた。そして私の姿を一瞥すると、投げすてるようにこういった。「おい、お前、なんどもベルを鳴らすなよ!こんな遅くになんだっていうんだ。」無茶苦茶怖い。ただ、部屋に入らない訳には行かない。キーが使えないことを伝えると、本当に不機嫌そうにパソコンで操作を始める。するとなにか設定をし直したのだろう。カードキーを私に渡すとニコッと笑って「グッナイト」と言ってくれた。まあそれもめちゃくちゃ怖かったのだが。なんだったのか。

帰国後、このホテルのネットでの、評判を改めて見てみたが、概して評判はよかった。そうだろうだからこそここを予約したのだ。ただ、一つだけしてはならぬ事があると書いてあるレビューを見つけた。してはならぬ事、それは夜中にスタッフを呼ぶこと、だった。